いつも飲んでいる美味しい日本酒。その品質が飛躍的に向上し、全国どこでも安定して美味しいお酒が造れるようになった背景には、ある「国の研究機関」の存在がありました。
今回は、東京都北区・滝野川にある国の重要文化財「旧醸造試験場 第一工場(赤煉瓦酒造工場)」と、隣接する「日本醸造協会」を見学してきました!明治時代から続く美しい建築美と地下の「100年貯蔵プロジェクト」、そしてあの「きょうかい酵母」がアンプルで販売されている驚きの光景まで、日本酒の歴史とロマンをたっぷりとレポートします。
そもそも「旧醸造試験場」ってどんな場所?
旧醸造試験場は、1904年(明治37年)に大蔵省(現在の財務省)の管轄下で設立された、日本初の国立の醸造研究機関です。なぜ国がわざわざお酒の研究施設を作ったのでしょうか?そこには当時の「国の懐事情」が大きく関わっていました。
① 国家予算の3割を占めていた「酒税」
明治時代、日清・日露戦争を控えた日本にとって「酒税」は最も重要な税収源であり、なんと国家予算の約30%(国税トップ)を占めていました。しかし当時の酒造りは「杜氏の勘と経験」に頼る部分が大きく、「腐造(お酒が腐ってしまうこと)」が頻発。税収を安定させるため、お酒造りを「科学的に解明・近代化」することが国の至上命題だったのです。
② 「ホーロータンク」などの発祥地
この試験場の研究により、雑菌が繁殖しにくい衛生的な「ホーロータンク」や、温度管理の徹底など、現代の日本酒造りの「当たり前」が次々と生み出されました。まさに現代の美味しい日本酒の産みの親と言える聖地です。
見どころ①:美しき「赤煉瓦酒造工場」の建築
敷地内に足を踏み入れると、圧倒的な存在感を放つ赤レンガの建物(第一工場)が出迎えてくれます。2014年には国の重要文化財にも指定されました。
▲ 重厚な美しさを持つ赤レンガの外観
▲ 趣のある醸造試験場の入り口
▲ 施設内部の細かな意匠
🏛 設計はあの「横浜赤レンガ倉庫」と同じ建築家!
この美しい工場を設計したのは、明治建築界の巨匠・妻木頼黄(つまき よりなか)です。横浜赤レンガ倉庫や日本橋の装飾などを手掛けた人物による設計で、アーチ型の窓やドイツ風の重厚なレンガの積み方が特徴的です。
建物の外壁は、分厚いレンガと空気層、そして当時としては画期的だった「コルク」の断熱材が使われています。エアコンの無い時代に、一年中「酒造りに最適な安定した温度」を保つための工夫が、建築そのものに組み込まれていることに驚かされました。
見どころ②:地下で眠る「100年貯蔵プロジェクト」のロマン
見学の最大のハイライトとも言えるのが、分厚い扉の先にある半地下の貯蔵庫です。薄暗く、ひんやりと静まり返った空間には、数え切れないほどの瓶や壺が整然と並べられていました。これが「100年貯蔵プロジェクト」です。
▲ 100年後の開封を待つ、静寂に包まれた地下空間
▲ プロジェクトの概要が記された案内パネル
▲ さまざまな容器に入れられ熟成を深める日本酒
🕰 実は「100年前の酒」ではなく「100年後のための酒」!
「100年プロジェクト」と聞くと、100年前の明治時代のお酒が保管されているのかと思いきや、実は違います。これは、醸造試験所創立100周年などを節目として、「この現代に造った日本酒を、100年後の未来(2105年など)に向けて長期熟成させる」という前代未聞の壮大なタイムカプセル計画なのです!
- 熟成の検証: ワインのように、日本酒も長期熟成(ヴィンテージ)でどこまで美味しくなるのかを科学的に実証する目的があります。
- 容器の違い: 備前焼の壺やワイン瓶など、異なる容器に入れられており、容器による熟成の違いも100年かけて検証されます。
私たちが生きている間には決して飲むことができないお酒。100年後の人々がこの封を開け、琥珀色に輝く日本酒を飲んで「21世紀初頭の酒造り」に想いを馳せる……そんなロマン溢れる光景を想像すると、少し鳥肌が立ちました。
見どころ③:ファン大興奮!隣接する「日本醸造協会」へ
赤煉瓦酒造工場の見学を終えた後、すぐ隣にある「公益財団法人 日本醸造協会」の建物にもお邪魔しました。
日本酒ファンの方なら、裏ラベルに書かれている「きょうかい酵母(協会7号、協会9号など)」という言葉を見たことがあるはず。ここはまさに、全国の酒蔵へ向けてその「きょうかい酵母」を純粋培養し、頒布している酵母の総本山なのです!
▲ 酵母の総本山、日本醸造協会
▲ ズラリと並ぶ「きょうかい酵母」のアンプル!
中に入ると、なんとあの「きょうかい酵母」がガラスのアンプル管に入って並べられていました!しかも、これらは実際に購入することができるんです。(※酒造業者向けです)
「あ、これは新政由来の6号酵母だ」「真澄の7号だ」「カプロン酸エチルが出る1801号だ!」と、普段ラベルの文字でしか見ていない酵母の実物を目の当たりにして、一人で大興奮してしまいました。
きょうかい酵母について詳しく知りたい方はこちら!
▶ 日本酒の味を決める「酵母」の深い世界(第1回:きょうかい酵母編)まとめ:歴史と科学を知ると、いつもの一杯がさらに美味しくなる
北区滝野川にある「旧醸造試験場」と「日本醸造協会」は、単なる古い施設ではなく、日本の国力と近代酒造りの礎を築いた心臓部でした。
先人たちが科学の力でお酒の腐造と戦い、この地から優良な「きょうかい酵母」が全国へ広まり、そして現代の造り手たちが「100年後の未来」に向けてお酒を貯蔵している。この壮大な歴史のバトンリレーを知った今夜は、いつもの日本酒が何倍も味わい深く感じられそうです。日本酒好きの方は、機会があればぜひ一度、この聖地を訪れてみてください!




