日本酒の味わいと香りを決定づける最大の要因「酵母」。
前回の第1回では、全国の酒蔵を支えるスタンダード「きょうかい酵母」の歴史と代表的な種類について解説しました。しかし、現在の日本酒コーナーを眺めてみると、「静岡酵母使用」や「高知酵母CEL-24」といった、特定の地域名がついた酵母をアピールするお酒が増えていることに気がつきませんか?
連載第2回となる今回は、全国各地の醸造試験場が「自分たちの県のテロワール(個性)」を表現するために独自に開発した「都道府県オリジナル酵母(ご当地酵母)」の奥深い世界と、知っておくべき代表的なレジェンド酵母たちをご紹介します。
なぜ「ご当地酵母」が次々と開発されているのか?
きょうかい酵母(1801号など)を使えば、誰でも安定して華やかなお酒が造れる現代。それでも各都道府県が多額の予算をかけて独自の酵母を開発するのには、明確な理由があります。
① 脱・没個性!「うちの県ならではの味」を確立するため
全国の酒蔵が同じ「きょうかい酵母(特に高香気性のもの)」を使うと、全国新酒鑑評会などで金賞を獲りやすくなる反面、「どこの県のお酒を飲んでも同じようなリンゴの香りがする」という画一化問題が起きました。そこで、「他県のお酒とは違う、自分たちの土地らしい個性」を打ち出すための最大の武器として、独自の酵母開発が加速したのです。
② 地元の「酒米」や「郷土料理」に完璧に合わせるため
酵母は、合わせるお米や水によって働き方が変わります。各県の試験場は、「自県で開発したオリジナルの酒米」の良さを最も引き出せる酵母を研究しています。また、海沿いの県なら「魚介に合うように酸の少ない酵母」を、山間の県なら「味の濃い郷土料理に合うように旨味の出る酵母」を開発するなど、地域の食文化(ペアリング)に直結した設計が行われているのが特徴です。
日本酒ファン必見!代表的な「ご当地酵母」5選
全国に数ある都道府県オリジナル酵母の中でも、コンクールを席巻し、日本酒のトレンドを牽引している大注目のご当地酵母をご紹介します。
静岡酵母(HD-1など)
▶ 香りの傾向:穏やかなバナナ・メロン系 / 極めて綺麗で酸が少ない究極の食中酒
「静岡の酒=きれいな食中酒」という確固たるブランドを築き上げた伝説的な酵母です。河村伝兵衛氏らによって開発されました。「HD-1」や「NEW-5」などいくつか種類がありますが、共通しているのは「酸が少なく、上品で穏やかなバナナ・メロン系の香り(酢酸イソアミル)を持つ」こと。
主張しすぎない香りと透明感のある味わいは、静岡の豊かな魚介類(白身魚や生しらす)の旨味を邪魔せず、完璧に引き立てます。「磯自慢」や「初亀」など、静岡銘酒の根幹を成す存在です。
高知酵母 CEL-24(セル・ニジュウヨン)
▶ 香りの傾向:大爆発するパイナップル・リンゴ系 / 甘酸っぱくジューシー
もともと高知県の酒は「淡麗辛口」が代名詞でしたが、その常識を完全に覆し、近年全国的な大ブームを巻き起こしている異端児です。1993年に高知県工業技術センターで開発されました。
カプロン酸エチル(リンゴ・パイナップル系の香り)を異常なほど大量に生成し、発酵力が弱いためお米の甘みがたっぷりと残ります。結果として「まるで極上の白ワインか、果汁100%のパイナップルジュース」のような、甘酸っぱくジューシーなお酒に仕上がります。「亀泉(かめいずみ)」のCEL-24生原酒がその代表格です。
山形KA酵母
▶ 香りの傾向:華やかでフルーティーなリンゴ系 / 柔らかくふくよか
山形県を「吟醸王国」へと押し上げた最大の功労者。県工業技術センターの小関卓也氏らによって開発されました。
山形県オリジナルの酒米「出羽燦々(でわさんさん)」との相性が抜群で、非常に華やかなリンゴ系の香りを放ちながらも、口当たりは雪解け水のように柔らかく、ふくよかな味わいに仕上がります。山形県が国を代表するGI(地理的表示)指定を受けるほど酒の品質が高いのは、このKA酵母をはじめとする官民一体の開発体制があるからです。
次回は、酵母界のロマン!「花酵母」と「天然酵母」
今回は、地域の個性を引き出す「都道府県オリジナル酵母」をご紹介しました。酒屋や居酒屋で日本酒を選ぶ際、裏ラベルに書かれている「静岡酵母」や「CEL-24」の文字を見つけたら、ぜひその県ならではの香りと味わいを想像して楽しんでみてください。
さて、連載の最終回となる次回【第3回】では、さらにマニアックでロマン溢れる酵母の世界へ!
ツツジやヒマワリなど自然の花から採取した「花酵母(東京農大分離)」や、現代の科学に逆行して蔵の空気に棲みつく菌を取り込む「蔵付き天然酵母」の魅力に迫ります。お楽しみに!





